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コネクト:大磯に暮らした「雲の画家」を常設 湘南画廊、オープンから2年

2019年1月21日UP | コネクト, コラム

0118コネクト_福澤さん画廊一般社団法人平塚市観光協会の会長を務める福澤正人さんが開いた「湘南画廊」(明石町13−25)が昨年12月、オープンから2年を迎えた。現在は数人の常設展を開くかたわら、貸し画廊としても運営中。入り口正面に展示される絵画は「雲の画家」と呼ばれた日本画家、故・山本瑛幾(えいき)さんの作品だ。同じく画家である娘の和恵さんに父の思い出を語ってもらった。
 山本さんは大正6年、現在の東京都に生まれた。昭和22年に大磯に居を構え、以降は湘南エリアを拠点に創作活動を行ってきた。和恵さん曰く「若い頃は山岳専門で八ヶ岳やらアルプスばかり描いてたみたいです。ところが大磯に来てからは町内、県内の風景を描くようになって。バイクで三浦半島から伊豆半島まで走り回って描いてましたね」と振り返る。
 とりわけ山本さんの心を惹きつけたものは雲。戦時中に軍に入った際も「ずっと雲ばかり見ていた」と当時の仲間が振り返った記録が残る。描かれた絵には不思議と心に残る雲が描かれる。夏の雲であったり、冬の雲であったり、はたまた水田に映る空に浮かぶ雲であったりと様々に表情を変えながらその姿が描かれる。
 画壇で様々な功績を残して来た山本さん。娘の和恵さんとの親娘展も長きに渡って行ってきた。遺作は200点近くにのぼり、大磯町内の施設などでも寄付された絵画を見ることができるという。
 「描くことにはストイックだった」という和恵さん。「人を信用する人で、芸術家なので繊細さもあって、すごく純粋な人でした」と振り返る。「技術的なことは教わってこなかったけど、人間としての考え方、生き方はすごく言われました。私も絵を描くから、人の接し方には気をつける。技術ではなく、そういった教えが絵にも出るのだと感じます」と話す。
 山本さんは晩年、レプリカではなく肉筆の絵をみんなが持つにはあまり単価を高くしたくないという理由で小さい絵を多く描いた。画廊に飾られた絵も小ぶりなものが多い。ぜひ現地を訪れ、その魅力に触れてほしい。