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蒔絵万年筆が生まれる場所
パイロット創業100周年、世界に誇る「Namiki」の技

2018年10月28日UP | headline, Top

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平塚に事業所を持つナショナルカンパニーのひとつ、株式会社パイロットコーポレーション。言わずと知れた国際的な筆記具メーカーが今年10月、創業から100年の節目の年を迎えた。創業商品である万年筆は、現在その全てが70周年を迎える平塚事業所で製造されている。中でも日本の伝統工芸である蒔絵を施した最高級ブランド「Namiki」とそれを手がける職人集団「國光会」は国内外から高い評価を得ている。

 パイロットの歴史は万年筆から始まった。創業者の1人である並木良輔は東京高等商船学校の教授で、船での仕事で使う筆記具に不満を持っていたことから、より利便性の高いペンを開発。同窓生の和田正雄の資金提供を受け、1918年「並木製作所」を設立し万年筆の製造、販売を開始した。
 1924年、劣化に強く、艶やかな軸を作るべく、漆を使用した万年筆を開発する。「漆を使うなら、日本の花鳥風月を描いた漆工芸の1つである蒔絵を用いた商品を」との考えから、後に人間国宝となる蒔絵師、松田権六を招聘し作られたのが蒔絵万年筆だ。これが世界的な評価を受け、1931年には松田氏を中心として蒔絵の創作集団「國光会」が結成される。これが現在まで続くNamikiブランドの始まりでもある。

職人集団の技
 國光会には、パイロット社内外合わせ約20人ほどの蒔絵師が在籍する。そのうち社内の職人、千田正樹さんはこの道25年のベテランだ。学生時代の授業をきっかけに漆に興味を持ち、「蒔絵万年筆を作りたい」という思いから同社に入社したのだという。蒔絵は漆を塗り、金粉などを蒔き、塗り重ねた漆を研ぎ出すことを繰り返して絵を描き出す。時にその工程は何百にも及ぶ。1本を完成させるのにかかる時間は3〜4カ月。全ての工程が完璧ということはなく「日々勉強、いつまでも修行が続いている」と話す。
 関 美佐さんは入社後、一旦は別部門に配属されるも蒔絵職人に抜擢され、キャリアは15年になる。「まさか自分が描くとは思ってなかった」と振り返りながらも、先人の作品から学び、自身の作品を高める日々を送る。
 蒔絵万年筆はその繊細さや美しさなどが海外でも高い評価を得ており、中には1本の値段が100万円を超えるものもある。だが2人が声を揃えるのが、万年筆は「使うもの」ということ。「華やかな“工芸品”であると同時に日常で使う“道具”。使っていただいた方が手に馴染み、光沢も長持ちする」のだという。

100年という歴史
 平塚事業所は1948年、払い下げを受けた旧海軍火薬廠の跡地に誕生した。Namikiが作られる工芸室は、当時の火薬廠で使われていたレンガ棟を今でも利用している。同社の原点である純国産万年筆のDNAは平塚の地に連綿と受け継がれている。
 100周年を迎えて製造部長代理の小池智夫さんは「これからも筆記具を作り続けていくことは間違いない。当社のDNAは常に新しいことにチャレンジし続けること」と話す。「事業所の前の県道は『パイロット通り』『パイロット線』と親しみを持って呼ばれています。社名が通称とされていることに誇りを持っているし、いつまでも愛される企業でありたい」という。
 パイロットはその歴史の中で様々なベストセラー筆記具を世に送り出してきた。その1つであり、始まりでもある万年筆は今も平塚から生みだされ続けている。

この記事は湘南ケーブルテレビ局(SCN)との共同企画により制作しました。湘南チャンネル(CATV002ch)で放送中の「情報カフェ! 湘南館ワイド」では、蒔絵職人のお2人へのインタビューの様子などをお送りします。今回の番組は10/29(月)まで放送中(12時~12時40分、19時~19時40分ほか)。