PAGE TOP ▲

40年越しで完成の金田村史
現在に繋がる江戸の農村の暮らしを一冊にまとめる

2018年1月14日UP | headline, Top

0112 1面2  平塚市の中ほどにある金田地区は、実った稲穂が黄金に波打ち輝く様子からついたという名のとおり、住宅街の先に豊かな水田が広がっている。その地区の江戸の様子を今に伝える村史『わが住む里の江戸時代ーかねだー』(発行・金田村史をつくる会)がこのほど完成した。執筆したのは平塚市博物館の元館長・土井 浩さん(73)。話が持ち上がってから40年かかったという金田の村史、どのような経緯で出来上がったのだろうか。

 完成した村史は、金田地区の飯島、寺田縄、入野、長持の4つの集落に暮らす農民が古文書に登場するようになる江戸時代について書かれている。平塚などの市史を参照したり地元の旧家に伝わる文書を読み解くなどして、重い年貢のみならず労働力の提供などの義務も課されていた農民の苦しい暮らしや、同地区の水田開発や氾濫防止のため金目川の流路をどう変えたのかなどについて綴っている。

長年の願い
 村史作りが始まったのは40年ほど前。当時、市立金田小学校の創立100周年の式典開催や記念誌作成が行われ、それに関わった人たちから「村史を作れないか」という声が上がったという。そこで「金田村史をつくる会」を立ち上げ、博物館の学芸員だった土井さんに執筆を依頼した。
 土井さんは金田の住民ではなかったが、同小100周年の記念誌が素晴らしい内容だったことから金田に興味を持った。そこで、その記念誌を発展させた形で書いてみようと考え執筆を引き受けた。
 しかし仕事が忙しい上、どう書いたら良いのか考えがまとまらず手をつけられずにいた。すると数年に一度、同会の代表らが博物館を訪れ「どうでしょうか」と進捗状況を尋ねられるように。「書いています」と答えていたものの、「手土産にもらうウイスキーの瓶がたまっていくのを見るのが苦痛で」と土井さんは苦笑する。
 そして退職後に自宅へも訪問を受けたのが約10年前。書かざるをえないと心を決めて村史作りに取り掛かった。それでも、記念誌を上回るものを書かねばと気負ってしまい、1、2カ月書いては止まるといった具合で筆はなかなか進まなかったという。
 そこで3年前には、土井さんが金田地区地域史研究会の片山興大代表らに声をかけて編集を手伝ってもらうことに。2年余りの間、古文書を読み解き、文章が読みやすくなるよう手を入れ、江戸時代の歴史的事実が現在金田にどう残っているかを教わるなどして、ようやく昨年12月に完成した。中には、寺田縄の「この」という女性が2度離縁をしたエピソードも登場し、忍従が美徳とされた江戸期に闊達でたくましい生き方をした女性として紹介されている。土井さんは、断片的に残る史料を付き合わせて解釈し住んでいた人の生き様を考えることは、難しかったが楽しくもあったと振り返る。

歴史を知り未来へ繋げる
 「金田村史をつくる会」に当初から参加していた現代表の金子 賢さん(85)は、「待ちくたびれました」と笑いながら完成を喜ぶ。村史作りが始まった40年前と比べると、かなり住民が増え地元のことを知らない人も多いと言い、この本で「今住んでいる場所が昔どうだったのか皆さんに知ってもらえば、金田の新しい時代がスタートできるのでは」と思っている。
 執筆した土井さんも博物館にいた頃、歴史を学んで知り得た情報を地域の中でまちづくりに活用できないかと考え「ひらつか囲碁まつり」や「村井弦斎まつり」の立ち上げに関わってきた。その経験から「歴史は過去のことではなく未来への指針だと思います。だからもっと多くの人に歴史を知って考えて欲しい」と力を込める。

 この本を読むと、江戸の農村から連綿とつながる人々の暮らしを垣間見ることができる。金田の住民でなくとも、今の豊かさの礎を作り上げた遠い名もなき祖先の労苦に思いを馳せ、さらには地域の将来について考えていく指針となる可能性を持っている。

◇『わが住む里の江戸時代 ーかねだー』は今後平塚市立小中学校、金田、中央など6公民館に寄贈。1部1,000円で販売も。問い合わせ=土井さん☎︎58−7454


【写真TOP】豊かな水田が広がる金田地区(片山さん提供)
【写真下】金子さん(中央)と土井さん(一番右)、地域史研究会のメンバー/平塚の歴史のことになると話が止まらない土井さん/江戸の暮らしを伝える古文書の写し