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職業として農業を選ぶ
“ちえんのうえん”代表 瀬下 亮さん

2017年11月24日UP | headline, Top

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 近年、もともと農業に縁のなかった人が就農することが増えている。理由は田舎暮らしへの憧れであったり、食について思うところがあったりと様々。だが現実的に農業を仕事にするとはどういうことだろうか。“ちえんのうえん”代表の瀬下 亮さん(36)は職業として農業を選び、試行錯誤を続ける新規就農者の1人だ。

 小・中学生のころから美術が得意だったという瀬下さん。美術大学院を卒業後、彫刻家を目指しながら美術の教員として勤めていた。転機になったのは2011年の東日本大震災。先行きが見えない社会情勢の中で「教員の仕事がただの食い扶持になっていて。かといって彫刻家になるための行動もできていなかった」と振り返る。その後1年間、被災地に赴き復興支援に携わるなど自分を見つめ直す時間が続いた。
 そんな折に小田原の早川を訪れた瀬下さん。富士山が見える高台のロケーションに「こんなところで仕事がしたい。土地が欲しい。そのためには」と農業を始めることを決める。「当時は野菜の種類もわからない。正直、農業に興味があったわけではない」と笑う。土地が欲しい ── 稚拙といえば稚拙な理由ではあるが目標を定めた瀬下さんはがむしゃらに突き進んだ。指定農家での研修を受け、新規就農の認定を受け、補助金をもらうなど様々に行動し、2015年には小田原で農家として独り立ちする。その経験も生かし今年4月には生まれ育った平塚で就農。そして、何より農業への考え方や取り組み方も、単に“憧れの自分の土地を得る手段の1つ”ではなく、“可能性や将来性を秘めた自身の職業”という風に大きく変わっていった。

市やJAは
 一方で市やJAでは、基本的に新規の就農者よりは親元就農を推進する立場にある。就農する側にとって、農地、農業技術、設備、販路など、引き継げるメリットは大きい。同時にその土地で知れた名前、という部分やJAの組合員であることは周囲の理解も得やすい。では非農家出身の就農希望者は。JAの担当者は「例えば有機農業を志す人がいて、完全無農薬で自分の畑を作ったとする。でも害虫や病気は『ここから先は別の人の土地』なんてこと考えないですから既存の農家と軋轢が生まれることもある。隣で好き勝手やられて行き詰まったら放置なんてケースもありますし」と話す。「もちろん全員ではないです。でも『田舎暮らしに憧れて』というレベルの人は相当いますし、そういう人は就農しても続かない」のだという。市の担当者も「担い手不足は課題なので基本的には非農家の新規就農もバックアップしていきたい。でも始めて1〜2年で辞めますでは意味がないので、ちゃんとその“覚悟”は見ます」と話す。

経営者としての農業
 きっかけはともあれ、瀬下さんは就農を決心して以降「経営としての農業」に楽しさを見出した。屋号の“ちえんのうえん”は“地縁”からきている。「農業は地域に入っていく仕事ですから」と周囲の農家から学び、その中で自分の目指す農業を固めようとしている。「のんびりやっていこうという“遅延”の意味もありますけど」と笑いながらも「まだ伸び代がある業界だと思うのでとにかく試行錯誤しています」と熱っぽく語る。
 その先には作り手と消費者の溝を埋めていきたい、というビジョンも持つようになった。「食のリテラシーっていうんですかね。美味しいものをただ作るのではなく、美味しいタイミングで消費してもらえるように。そのためには作り手も消費者もできることや考えることがある」と話す。
 「経営的視点」を持っているかは新規就農の行く末を大きく左右する。自分の畑を持ち、作物を育て、販売すること。これらの全てを自由にできる農家は経営者でもある。漠然とした憧れではなくビジネスとして農業をとらえた先に日本の農業が目指すべきものがあるのかもしれない。

ちえんのうえん
E-MAIL mail@tien.jp 
瀬下さんが生産している野菜はあさつゆ広場にて販売中!

【写真TOP】収穫したニンジンを手にする瀬下さんと妻の洸子さん。市内3カ所に畑を持つ
【写真下】夫婦二人三脚で農業を営む/様々な農機具を試し合理化を考える/美大出身らしくパッケージデザインも自ら行う